起源:明治16年(1883年)
下新町の曳山は、明治16年八尾随一の棟梁と言われた冨士原三平の名作です。屋根の造りは四方棟。また、四本の柱が四角になっているのも特徴です。
天井板には、龍の蒔絵が施されています。
【紋:宝珠】
人形
「大黒天」
大正13年作の大黒天は、彫師・井波町岩倉理八、塗師・井波町南部吉造、装師・杉田坂森梅次郎の作でし たが、昭和33年に彫師・井波町 溪久平、塗師・山下正信による大黒天に作り替えました。また、平成16年には衣装を新調しています。
大彫
「伯陽」
伯陽は魏伯陽と言い、山にこもって不老長寿の仙薬を作り、愛犬に飲ませて仙術を会得しました。いつも獅子のような犬・高麗犬を従えていたため、「獅子仙人」とも言われています。伯陽の逸話は、中国の葛洪が著した『神仙伝』という書物に記されています。
【明治23年(1890)彫師:奥村佐七 塗師:冨士原椿斎】
見越
「張良」
張良は漢の高祖に仕えた軍師です。馬上の老人は黄石公で、土橋の上から沓を川の中に投げ込み、張良に取りに行かせて、「我に履かせよ」と命じました。張良はすかさず川に飛び込み、龍の口から沓を奪い返して黄石公に差し出したと伝えられています。
【大正4年(1915)彫師:井波町田村興八郎 塗師:高岡市本保兵太郎】
八枚彫
「桓帝」
桓帝は後漢の第11代の皇帝。在位22年。音曲に秀でた 桓帝は、下臣とともに巧みな技で琴や笙を奏したと言われています。
【明治25年(1892)彫師:奥村佐七 塗師:冨士原椿斎】
洪水で流失した見越
「神武天皇東征の図」
大正3年の洪水による河川氾濫のために流失し、後に富山湾四方の漁師が発見して本法寺へ寄進しました。現在は衝立として保存されています。
【明治25年(1892)彫師:松永正行、塗師:本保兵太郎】
提灯山
夜には彫刻をすべて外して提灯に付け替えます。